同済大学の沿革
中国文部省直属の一流大学として知られる同済大学の前身は1907年にドイツ人により創立された「同済徳文医学堂」です。「同済」とは心を合わせて助け合うという意味から名付けられたものです。同済大学は1912年に工学堂を増設し、1923年に大学と正式命名され、1927年に国立大学として開校されました。中日戦争中、浙江省、江西省および雲南省経由で四川省入り、1946年に再び上海にキャンパスが置かれ、理、工、医、文、法という「五大学院」として知られる総合大学と発展してきました。
1952年に大学改革後、同済大学は中国土木建築領域における規模最大の工科大学に変身されました。1978年にドイツとの交流回復により、中国科学院学部委員である李国豪学長の指導の下で、土木に重点が置かれた理工科大学から理工を中心とする多学科大学への転換、国内普通大学から中外文化交流の窓口の一つとしての国際化大学への転換という「二つの転換」は実行され、再び理工を中心に、経済、文学、法律などの各学科に特色を持つ多学科大学になりました。研究型の大学としての同済大学は国務院(中国政府)より大学院設立の認可を受けた一番初めの大学の一つであり、全国の総合大学としての同済大学は中国大蔵省による投資の「211工程」建設大学の一員とされました。1995年に同済大学は中国文部省と上海市による「共建」を実現しました。1996年に「上海城市建設学院」と「上海建築材料工業学院」が同済大学に併合されたことにより、大学改革における「同済モデル」と国務院より表彰されました。2000年4月に同済大学は上海鉄道大学を併合し、理、工、医、文、法、経などの諸学科を持つ総合大学に新しく生まれ変わりました。
現在、同済大学は、理学、建築と都市計画、土木工程、機械工程、環境科学と工程、材料科学と工程、電子とメディア工程、交通運輸、医学、歯学、文学と法律、外国語および経済と経営などの学院を擁し、また、継続教育学院、高等技術学院、職業技術教育学院、国際文化交流学院および中独政府により設立された「中徳学院」を有します。校内には三つの附属病院があります。さらに、現在は50学科、大学院80研究科(そのうち、修士課程80研究科、博士課程31研究科、博士後9研究基地)を擁し、計3.7万人の学生が在籍しています。そのほか、同済大学には中国科学院院士5名、中国工程院院士5名、教授530名、助教授1300名を含め、数多くの優れたスタッフが集まっています。国家重要な科学研究中心地として、校内には国家重点実験室と国家工程研究中心などの8か所の国レベルの科学研究中心地を有します。
開校以来、同済大学は、「厳密、誠実、団結、挑戦」を校訓に、「呉越同舟、自強不息」という同済精神をもって同済なりの五つの優勢を把握することができました。「五つの優勢」とは、一つ目は、悠久な歴史・厳密な学風・抜群の実力という伝統的優勢;二つ目は、建築、土木、海洋、環境、車輌、交通などの学科における優勢;三つ目は、ドイツをはじめ各国との交流に誇る優勢,四つ目は、上海という国際化大都市とともに発展する地域的優勢;五つ目は、中央に直属され、全国経済建設の活躍場として発展する建制優勢というものです。
近年来、同済大学は独特の特色を持つ現代教育思想と建学理念を探求してきました。例えば、同済大学は、全日制学位教育を本体に、社会向けの人材と終身教育の多種類教育および世界向けの中外合作建学を発展することを翼とする新型建学モデルを実行し、本科教育を本に、大学院教育を発展の道という指導方針を貫き、「伝統的優勢に託し、ハイテックを開拓する」という学科発展の戦略を実施し、人格+知識+能力という三位一体の複合型人材育成モデルを確立します。現在、同済大学は、教学、科学研究という二つの中心を堅持することと、教学育人、科学研究挑戦、社会通用、世界との交流という四大機能を発揮することを目標に、医工結合、文理総合、特色鮮明、科学教育と人文教育を全面的に発展する総合性、研究型、多目的の現代大学に推進させるように力を注ぎます。
同済大学の校内は141.8平方キロメートルの専有面積を占めています。同済キャンパスは、本校は上海市四平路に位置し、西キャンパスは上海市真南路に位置し、北キャンパスは上海市共和新路に位置し、東キャンパスは上海市武東路に位置するという四つのブロックに分かれています。
百年近くの歴史を持つ同済大学は、厳密誠実、開拓挑戦、自強不息という精神をもって中央と上海市政府の指導の下で、世界各地のみなさんと卒業生よりの支持により、呉越同舟で挑戦し、風波を乗り切って21世紀を迎えるところです。一流の現代大学に発展させるために全力を尽します。